Anvilの映画

 むかしむかし、カナダのあるところ(トロント)に音楽好きの高校生たちがいました。「いつかビッグになってやる」――志を高く持つのは自由です。彼らは「メタル→金属→金床」でAnvilと、安直なネーミングのバンドを作り、インディーズで81年に「Hard ‘N Heavy」というアルバムを出しました。彼らの音楽にサーシャ君という15歳の少年が感銘を受け、家出してAnvilのローディーになりました。Anvilはファーストの出来がなかなか良かったので、翌年メジャーから「Metal on Metal」というアルバムを出すことができました。この出来はさらに良く、83年には「Forged in Fire」を発表し、中野サンプラザで硬派のメタルファンを熱狂させたのでした。

 初来日の少し前に、ヴォーカル&ギターのLIPSは、ある雑誌のインタビューを電話で受けました。LIPSはたぶん世界で初めて、特定のおもちゃ屋でしか入手できない、振動するバナナ大の棒をエフェクターとして使用したのですが、それを見たことがない者に説明するのが大変でした。その者が私だったんですけどね。訳語がわからず先輩に聞いたところ、訳語らしい訳語はないようで、なぜか熊の人形の話になりました。

 そのエフェクターはちゃんとステージで使われました。熊には似てない白っぽい棒で、ピックアップに近づけたり離したりすることにより面白い効果が出る…んだけども、たぶん「ヘンな人」を演じる小道具だったんですな。そのためにわざわざフライングVのセミアコースティック版を使ってました。メタルと笑いは切っても切れない関係にあるんですよ。「Mad Dog」のPV(87年頃?)なんかまるっきりコントです。

 日本でAnvilの人気が頂点に達したのは、おそらくその83年でしょう。モスラの歌もあったし(オリジナルの)。日本のポリドールとはそれで契約が切れ、翌年スーパーロック ’84というイベントが西武球場で行われて、Anvilも出ましたが、前座扱いだった上、もとのレコード会社の人たちも旧交をあたためようとかしてくれなかったと聞きます。他にホワイトスネイク、新人ボン・ジョヴィ、スコーピオンズ、MSGが出て、このイベントについて人々が記憶しているのは、MSGに新しく入ったヴォーカルがあんまりひどすぎたということでしょう。なんて気の毒なAnvil。すごくいい人たちなのにな。そういえば先日、有栖川有栖の短編「あるYの悲劇」(「スイス時計の謎」に収録)を再読しましたが、被害者は「いつもUFOやMSGにあったようなリフばっかし」のギタリストで、フライングVで殴り殺されていて、ネック含めると確かにフライングVはYに見える…という話でした(ちょっと違)。マイケル・シェンカーは一般常識に近いかもしれませんが、LIPSだったら説明がたくさん必要になってしまいますね。今のところは。

 その後Anvilがどうしているのか、人々の話題にもあんまりなりませんでしたが、メンバーチェンジは何度かあったものの、ときどきアルバムを発表していました。LOUD PARK 06にも(最初に)出たそうです。バカ売れしたわけでもないけど、好きな人は一生好きな音で、彼らは50を過ぎてもがんばってバンドをやっているのです。

 一方、元ボーヤ(発音は「ゴーヤ」のようにして下さい)のサーシャ君は、記者としてTimesなどで記事を書きながら脚本の勉強を続け、元スパイスガールズのジェリ・ハリウェルとの間に娘が生まれる(結婚はせず別れた)、スピルバーグの「ターミナル」の脚本を書くなどしていましたが、Anvilのことを忘れたことはありませんでした。

 そして今年、彼は初監督作品を発表しました。タイトルは「Anvil! The Story of Anvil」。Anvilの実話をもとにした擬似ドキュメンタリー映画だとのことです。今年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映され、シドニーやLAの映画祭で観客賞を受賞しました。ちなみにパティ・スミスの自伝的映画「Patti Smith: Dream of Life」もここでプレミア上映されたようです。

 BBCの記事によると、この映画はイギリスで来年2月に公開されます。今月21日にロンドン国際映画祭でプレミア上映されたときには、キアヌ・リーヴスがレッドカーペットに登場して、「ハートウォーミングな作品だ。トロントに住んでいた頃、Anvilのポスターをあちこちで見かけた。当時は若すぎてライヴに行ったりはできなかったけど。サーシャは友人で、この映画をサポートしたいと思って来たんだ」などと言ったので大きな宣伝になりました。キアヌといえば「ビルとテッドの大冒険」、「ビルとテッドの地獄旅行」のテッドですね。

 日本での公開予定は不明ですが、ものっすごく見たいですな! 「スパイナル・タップ」「スティル・クレイジー」と共通する、笑いと哀愁と共感が期待できますぞ。Anvilの音楽は今聴いてもいいんですよ。というか、当時よりも今の方が、あのようにヘヴィなものを聴ける人が多いんじゃないでしょうか。最初の4枚と2007年「Back to the Basics」はiTunesストアにもあるのを確認しました。3枚目までしか聴いてないですが、おすすめは「Metal on Metal」と「666」かなあやっぱり。当時は音楽的にはドラマー、キャラクター的にはヴォーカルが特出しているという印象でした。ドラマーはロブ・ライナーといって、「スパイナル・タップ」や「スタンド・バイ・ミー」の監督と同じ名前ですがbが一つ多いです。

 「いいバンドだったんだけどねえ」で終わってしまわなかったのは嬉しいな。これをきっかけにもしかしたらもしかするかも。彼らと同時期または後から出てずっと有名になった人々も、いろいろな機会にセッションしているのがYouTubeでわかります。日本で公開されたら絶対見に行きます! されるかどうかが微妙なんですが…。ついでに映画「魔女卵」もDVDで出たりしないかな。「いつかビッグになってやる」というのが、50を過ぎてからでも実現したらほんとにいいのにな。

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