容疑者Xの献身

 東野圭吾「容疑者Xの献身」がAmazonから届いてしまい、読んでる暇はないはずなんだけど、気になって仕事にならんので読んでしまいました(汗

 「このミステリーがすごい!」2006年版で国内1位になったことで、「本格とは」「フェアであることとは」議論が再沸騰したみたいなんですよ。二階堂黎人氏のサイトにある、日記や掲示板での我孫子武丸氏×二階堂氏の意見交換はいったん終了してるんですが、飛び火がしばらく続くのでは。ミステリファンとしてこんな楽しい機会はめったにないです。

 「容疑者Xの献身」は、高校の数学教師・石神が、アパートの隣人・花岡靖子とその娘・美里が、やむをえず犯してしまった殺人を隠蔽する話。倒叙ものとして始まります。そして、「探偵ガリレオ」などの短編集に出てきた物理学者の湯川と、その友人で刑事の草薙が、それぞれの立場から事件をみていくことになります。

 石神は湯川とは、分野は違うけれども大学時代にそれぞれの非常な頭のよさを認め合える間柄でした。石神は本当ならどこかの偉い教授になっていてもおかしくないと思われたんだけど、運にめぐまれず高校教師になって、ものすごく難しい数学の問題(トリビアにいつか出てきた、懸賞金付きの問題のようなもの)を部屋で一人、考えていたりするんですな。

 さて…。この小説がすごいところはいくつかあります。まず、普通の小説として読んでおもしろい。最近の若者って読んで泣きたい人が多いらしいですが、そういうことも可能です。それから、これは石神と湯川という天才どうしの頭脳戦でもある。どんなふうに展開していくのか、ドキドキしながら読めるわけですな。ただし、それだけでは絶対終わらないのが東野圭吾であり、「まだなにかあるはずだ」と、こちらもとても注意深く、淡々とした語りの中に何が隠されているのかを探しながら読まなければならない。それが快感なのです。

 私は、最後にもう1回、どんでん返しがあるかと思いました。でも、それは思ったような方式のどんでん返しではなかったのです。

 そのあたりはネタバレプラグインを使用しますので、この本を読み終わった方だけどうぞ。

ネタバレ


 白状すると私は、真相は次のどれかだろうと思いながら読み進めていた。

1)石神が愛したものは数学だけであり、バカな高校生に教える時間の無駄を省き、刑務所内で数学の問題を考えたかった。

2)石神が愛したのは中学生の美里で、結婚は問題外であり、献身こそが喜びであった。

3)石神は実は、工業系の雑誌を読んでいたホームレスと数学のことで口論になり、富樫が殺される前日にホームレスを殺してしまっていた。死体を入れ替え、一事不審理を狙って自首した。

 結局、3は日にちの問題で、なかったんだけど、2はいまだに可能性がないとはいえない。湯川は、石神が愛したのは靖子だと思っているようである。そうなのかもしれないけど、愛情の問題なので湯川が間違っていても天才に傷はつかない。靖子か美里か、石神によっては明言されていないんである。わざと、母娘をセットにした書き方がひっかかるし、娘の自殺未遂の理由もわからない。

 やっぱり一番大事なものが数学で、二番目が母娘なのではという考えもまだ捨てきれない。でもそうすると感動の場面がだいなしだし、刑務所に数学の書き物を持ち込めていないよう(あとで要確認だな)だし。

 身なりを気にしない男であった石神が髪の薄さを気にするというのは確かに怪しい。美里説は、二階堂黎人氏もとっているし、そうなのかな~。ただ、美里は富樫の実の娘ではないんですよね。美里と携帯で連絡をとっていたというあたりにも賛同しかねる。愛した対象が靖子だというのは、いちばん自然だけど、あまりにも表面に出ているので疑いたい(笑)。

 死体の入れ替えについては、顔や指紋をごまかしたが自転車はごまかされていなかった、というところでわかった。その死体が誰なのかは、258ページの「ベンチがあった。誰も座っていなかった。」次のページの「あの時、君はいった。ホームレスの連中を見て、彼等は時計のように正確に生きている、と。」の部分が強力なヒント。ここは、「推測は正しかった!」と喜ぶようにつくられてると思う。ホームレスと顔がつぶれた死体が出てきたら疑うべきことがあるので、証拠ではないが、最初の方から読者には推理のヒントが与えられている。ミステリファンはほとんど、途中で気づいただろう。ただ、動機については、勤務表と本の残りページ数(あと2回ぐらいひねりが入るだろうと思った)をみて、ずっとわからず悩まされた。それも作者の計算どおりなんだろう。

 つまり、「どちらかが彼女を殺した」「私が彼を殺した」型の謎が最後に残されたのだ。しかも、それを読んだ人だけに。そして、その2作はちゃんと読めば犯人が特定できるようになっている。ということは、これも、だと思っていいだろう。


 さて、これが本格ミステリか否かという問題ですが、そもそも「本格」っていうのは、「変格」に対して生まれた言葉ではなかったっけ? 倒叙、叙述トリックなど、変化球ものは全部変格だったはず。じゃあ、そもそもの推理小説の本道で、物語のあるところまでに読者に全部の情報が提示されて、推理により真相がわかり、アンフェアなし、である推理小説はなんというか。てことで、「本格」という言葉が出てきたのであって、別に「本格的な」っていう意味ではなかったはず。

 だからこれは変格ミステリです。本格ミステリとして評価しうるのは、「作者が東野圭吾だ」という情報も、読者にあらかじめ提示された情報の一つとして考えた場合のみ。フェアかどうかといえば、私は完璧なフェアプレイだと思います。

 さて、一段落したら再読して、もう一つ残った謎を考え直してみなければ。それから他の人たちの感想や討論をもっとよく読んでみよう。

 この作品がこんなに評価されているのなら、北村薫「盤上の敵」も99年にもっと上位でもよかったはずなのにな(99年このミス8位)。

追記:「本格」と「変格」という語については、通説は上に書いたとおりだと思うのですが、言葉が生まれた当時に倒叙はなかったという論もあり、本当はどうだったのか、もっと調べてあらためて書くつもりです。

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